An essay about PEUGEOT プジョーの新CEOについてのいくつかの事柄

唐突ながらプジョーについて3つの質問をしてみたい。ひとつ目は、「このブランドのCEOはイギリス人である」、こう聞いて皆さんは意外に思われますか? とんでもない、グローバリゼーションの時代にあってリーダーの国籍など無関係というのであれば次の質問へ。「プジョーのCEOは自動車業界ひと筋」、こちらはどうだろう。何を今さら、そんな事は想定内という向きに、では最後の質問を。「CEOは女性である」。ご存知でしたか?

名前をリンダ・ジャクソンという。今年はじめプジョー・ブランドCEOに就任した。出身はコヴェントリー、1800年代終わりから英国自動車産業のお膝元として栄えた都市である。実際、高校卒業後、17歳の彼女がアルバイトとして入ったのは地元の老舗メーカーで、働きながら大学に通った時代も含め45年にわたって自動車業界一筋で生きてきた。自動車の街で生まれ、自動車の世界でキャリアを積んだ彼女の専門はファイナンスながら、これまで工場を皮切りにあらゆる部署を経験している。PSAグループ入りは2005年。2014年にシトロエンCEOに就任、ブランド力を高め販売向上に大きな成果を挙げて現職にノミネートされた。

フランスの、それも自動車メーカーにイギリス人女性のCEOが誕生したニュースは、ジェンダーにまつわるトピックスがセンシティブに扱われる現在にあっても新しさを含んだものには違いない。自動車メーカーを牽引する女性は世界に3人しかいないのだ。シトロエンCEO就任時もさることながら、今回もまた、当地フランスでもさらに大きく報道された。私自身、テレビ、ラジオ、ネットのインタビューを興味深く見聞きしたが、最も心に残ったのは就任後、初モデルとなる308のデビューに際して行われたもの。彼女の人柄が見えたからである。最初にフランスとイギリスの組み合わせについて尋ねられたジャクソンは、「フランス人のクリエイティビティとイギリス人のプログマティズムは相性がいい。最強のコンビネーションだと思うわ」と軽めに言って一気に空気を和ませた。イギリス人らしいユーモアが感じられる答え方。何度も尋ねられたであろう「女性CEOであること」については「珍しいと思う」と、やけにあっさり。「出世が続きますね」と揶揄された時も同様で、笑いながらも「ハイ」と素直だった。好きな仕事を続けていたら頂点に立っていたと、なんだか他人事みたいな言い方が可笑しかったけれど、歩んできた道のりが平坦なものだったとは考えにくい。それを乗り切って来たのは、能力と経験、何より彼女の肩肘張らないしなやか人柄なのではなかろうか。“女性らしい”と形容するのはあまりにステレオタイプで気が引けるものの、こう思わずにはいられなかった。いかなる質問にも端的に答えた彼女が唯一、時間を区切られたことに無念な表情を見せたのは、話が3代目となる新型プジョー308に及んだとき。仕事への情熱、自社プロダクツへの愛情を滲ませた。

自動車の手動ワイパーを発明したのは女性だそうだ。1903年のこと。これを電動に進化させて特許を取得したのも女性。ワイパーより早く、1893年には女性の手によって初のクルマ用ヒーターが生み出されている。創設した父の志を継いで会社を牽引した娘もいる。自動車製作は男性社会のシンボルのように捉えられているけれど、そこには女性の貢献がある。誕生から百年を超えた現在は、デザインやマーケティング、広報、販売の分野のみならずテストドライバーやエンジニアにも女性は増えている。多様な価値観、感性の広がりは自動車を面白くするはず。ジャクソンの舵取りによって、今後、ライオンはどんな発展を遂げるのか、楽しみだ。そう言えば金髪を素敵なショートにまとめた彼女は、エレガンスとスポーティネスが同居しているように感じられる。その姿がプジョーのキャラクターと重なる。