PEUGEOT CULTURE CLUB プジョーが彩る名作、名画 『騎士団長殺し』の主人公は、プジョー205で旅に出た

村上春樹の小説には、数多くのクルマが登場する。彼自身が自動車好きであり、人物描写の小道具として有効だということを理解しているからだろう。2017年に出版された長編『騎士団長殺し』も、読み方によってはクルマ小説なのだ。ベタな恋愛小説、あるいは芸術の価値をめぐる小説として読むこともできて、さまざまなアプローチに開かれていることが人気の一因になっているのだと思う。クルマの描写には、村上の好みがはっきりと刻印されている。自動車に詳しいから、かなり辛辣な表現も飛び出すのだ。音楽についても同様で、好みのジャズミュージシャンをほめたたえる一方で、アバの曲を聞くことを拷問にたとえていたこともあった。誰でも好きなものに関しては、ウソをつきたくないものである。主人公の口を借りてはいるが、ほとんど作者の言葉だと考えていいだろう。『騎士団長殺し』では、村上作品ではおなじみになった設定や道具立てに出会える。妻とのディスコミュニケーション、死と再生の場となる洞窟や穴などだ。物語を通じて、喪失と回復が描かれる。

主人公の“私”は、妻から突然別れを告げられた。6年間一緒に暮らした妻のことを何ひとつ理解していなかったことに気づいた“私”は、強い無力感に襲われる。自分が家を出ていくしかない。幸いにも、地下駐車場には “赤いプジョー205”が停めてあった。
「マンションの地下の駐車場から車を出したとき、三月の冷ややかな雨はまだ音もなく降り続いていた。プジョーのワイパーは老人のかすれた咳のような音を立てていた」
行くあてはない。“私”は西麻布から青山、赤坂から四谷へと走り、知らぬ間に目白通りに出た。
「そのときほど自分がマニュアル・シフト車を運転していることをありがたく思ったことはない。妻の情事について考えを巡らせる以外に、手足を使ってこなさなくてはならないいくつかの物理的な作業が私には課せられているのだ」

『騎士団長殺し』
2017年に新潮社から刊行された。英訳、仏訳も出版され、海外でも大きな注目を集めた作品である。作品を読むかぎりグレードは不明で、「マニュアルトランスミッションの赤いプジョー205」というところまでしか明らかではない。トップに掲載した写真は、日本で人気を集めるきっかけとなったプジョー305GTI。

この小説の舞台は、2005年か2006年だと推定できる。プジョー205は1995年に日本での販売を終了しているから、10年以上は乗られている計算だ。ちゃんと整備をされておらずガタがきているようだが、関越道で新潟まで行き、海岸沿いを走って北海道までたどり着く。再び本州に戻って南下し、いわき市まで来たところで205は動かなくなった。
「一ヶ月半の路上の生活を共にし、走行距離十二万キロ近くをメーターに刻んだプジョーに別れを告げるのは寂しかったが、あとに残していかざるを得なかった。おれの代わりにクルマが息を引き取ってくれたのだ、と私は思った」

村上が“私”の逃避行のパートナーにプジョー205を選んだのは、何か理由があるはずだ。ラスト近くで、それがわかる。洞窟の暗闇の中で“私”は妹の幻影に出会い、「さあ、何かを思い出して、手で触れられるものを。すぐに絵に描けるようなものを」と告げられる。「私は溺れる人がブイにしがみつくように、プジョー205のことを思い出した。私がそのハンドルを握って東北から北海道へと旅をしてまわった、古い小さなフランス車を。もう大昔の出来事のように思えたが、その四気筒の無骨なエンジン音はまだ私の耳にくっきり焼き付いていた。ギアをセカンドからサードにシフトアップするときの、ゴリッとひっかかるような感触も忘れることができない。一ヶ月半のあいだその車は私の相棒であり、唯一の友人だったのだ」
“すぐに絵に描けるようなもの”であるためには、モノとしての明確な固有性を持っていなければならない。確としたイメージを持つ物質的な存在を思い浮かべなければならないというのだ。その条件に当てはまるクルマとして思い浮かんだのが、プジョー205だったのだろう。小説中に直接的な論評はないけれど、村上がこのクルマを憎からず思っていることは確かである。

text=Manato Suzuki
photo=Junya Kato ※本の写真のみ